古い写真が見つかったのでスキャナーで取り込んでみた。
たぶん、1983年頃の京都駅で撮ったもの。
鉄道少年が小さなポケットカメラで撮ったので、アングルや露出はひどいが、今となっては結構貴重なものではないだろうか。
現在の嵯峨野線のホームは「山陰1番のりば」「山陰2番のりば」と呼ばれていて、2つしかホームがなかった。写真は右から現在の30番線、31番線にあたるホーム。停車しているのは急行「丹後」と特急「あさしお」。
山陰本線の京都口は、JRになってもずいぶん遅くまで非電化で残ったため、この国鉄カラーのキハ181系「あさしお」が走っていた。現在このホームは関西空港へ向かう特急「はるか」号の専用ホームになっている。
現在32、33番線がある場所にはまだホームがなく、ご覧のように車両を留置する線路がいくつかあった。
下の写真は現在の京都駅のほぼ同じ位置から撮影。巨大な駅ビルにすっぽり覆われてしまった。
留置線に停車中のキハ47ディーゼルカー。換気のため両側の扉を開けて休んでいる。サボを見るとこの後、胡麻(ごま)行きになる列車のようだ。
【おまけ】
こちらは京都駅ではなく、福知山線の篠山口駅。
京都駅の画像よりもさらに古いようで、キハ47はまだデビューして3、4年の新車だった。横に旧型客車を牽引するDD51が停車しているのが見える。
もう1枚。この頃の福知山線は宝塚まで電化されていて、そこから先は特急「まつかぜ」、急行「だいせん」「丹波」、それと快速列車が1日2本で、あとは旧型客車とディーゼルの普通列車が数本しかなかった。
京都線、東西線と乗り入れをして、頻繁に通勤型電車が行き交う路線になろうとは、あの当時、誰が予想できただろう。

